god bye

 翼は裏切らないのだ。いつまでも。その白い羽はいつになったら私に生えるのか。私は、いつもそれを恨み喜び見送っていく。
 間もなくて、彼女の体を包み込むほどの大きな翼が背中から生えてくる。初々しいさなぎから成虫になった蝶の羽のように美しく、眩い。

 無言の彼女はほほ笑みながら足を一歩踏み込んだ。

 ふわりと浮かぶ身体はまるで本物の鳥のようで、翻弄された私の心が揺さぶる。
 真上を見上げれば、そこには月と数羽の鳥たち。見送りにでも来たのだろう。鳥はそのためにいるものだし。

 ふわりと宙を舞い、優雅に羽が揺れる。そのまま舞い上がっては月夜に彼女は飛び出した。
 風圧で私の長い髪が揺れた。鳥が鳴いている。月が不気味に笑っている。こんな夜は彼女が飛び立つためだけにあるのだろう。なんて臭い言葉は止めておこう。

 天窓にあるはずのガラスはこのときばかりは消えている。それはこの部屋がそのためにあるからと、ここが「鳥籠」だからなのだろう。鳥は籠の鍵が空けば飛び立つものだ。ごく自然で普通の行動に違いない。

 そして私はまた一人、残される。

 いつか願っていた「ここから出る」という衝動はもう無い。きっと何かに足を引かれているからだ。そう思い込んだ。そうするしかなかった。
 私はいつしかここから出るという義務を放棄し、管理の鳥としてここに残ることを決意した。
 それと同時に、罰を受けることにした。そもそも鳥がいつまでも鳥籠に居るのは可笑しなこと。

「私は、あれらとは違う」

 振ってきた一枚の羽根。真っ白のふわっとした感触。
 背中を触っても感じるのはワイシャツの柔らかさと、背中の多少硬い感触。そこには何もなくて、この部屋のように無しかないのだ。

「あれらとは違う、違う」

 暗示、言い聞かせ。洗脳するように自分は自分に言い聞かせる。
 思い切り壁に拳を叩きつけ、私は久しぶりに泣いた。
 息も切れ切れしてまともに空気を吸い込めない。肌に感じる風が心地よいのにそれを恨むことしかできない。そんな自分が嫌だった。
 助けてくれ。助けてほしい。
 私はもう、限界をとうに超えているのだ。弱音を吐くことしか、今は出来ない。出来なかった。

「死にたい、なぁ」

 笑えない台詞だった。自分が死んでいるというのに、無を求めてさらに死にたいだなんて。消えてしまいたい衝動は、一晩中何を考えても消えることは無かった。


 次の朝。新しい鳥が来る。それに耐えなければいけないのだ。そして見送らなければいけないのだ。それが私の使命だろう。送り出す存在なのだろう。
 輪廻にも似た、永遠に回り続ける輪はもうすぐ途切れて切れないだろうか。消えてしまえ。消えろ。
 白くなってほしい。私の存在も、肉体も、精神も。

 鳥籠は、私を苦しめるだけだ。


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