呆れ者

 鳥籠は不便と同時に、自分が管理の鳥として便利なところがある。一つは、寝ればすべて元通りになること。二つ目は願えば多少のものなら現れること。たとえば新しい服だったり、意味は無いがご飯だったり。
 おなかが空くこともないので、食事というのは不必要の塊だが、別に食べても問題がないことに気が付いた。

 ということで今日は、紅茶とクッキーを注文してみた。どこにって、天国? いや、知らないけど。

 今日も晴れなので、空からさんさんと日は落ちてくる。雲も薄く掛かっている。このまえ考えたが、きっとここは雲の上にあるから年がら年中晴れているんじゃないかなーと思ったりした。
 椅子に座って、目の前に置かれた紅茶とクッキーを頬張る。口の中で砕けたクッキーの破片がさらに何度も歯で粉々にされていく。喉を通って胃に入る感覚は正直不思議な感覚だった。どうも、死んでから時間が経ってしまったから、そういうところには鈍くなってしまったらしい。
 紅茶はダージリンのようだ。自分自身、そういうのに詳しいわけではないので、なんとなくということ。でもまぁ、紅茶もクッキーもこんな晴れた日にはぴったりだと思って、いつも注文しているのだ。

 紅茶の透き通るような香りが鼻から入っていく。まるで生きていたときと変わらないような感覚。今自分は生きているのではないかと錯覚してしまう。
 そう考えれば、やはり自分は死にたくなかったのかな、なんて実感した。

 リリリリリン――

 紅茶ポットの目の前にあったら白い黒電話が鳴る。まだカップには紅茶が半分以上も残っている。クッキーは缶に入っているから、まだもつだろうけど。面倒だなぁと思うのは何度めか。

「はい、なんですか」

 ぶっきら棒に受話機を取って答える。声の主は一度だけ舌打ちをした。
 どうも、彼には嫌われている傾向がある。

「なんですか、じゃねぇよ。仕事だって言ってんだろ」

「今初めて聞きましたけど。あぁ、仕事ですか、はいはい」

「お前はいつもそうだよな。だから飛べねぇんだって。クソ。んじゃあそっちに今から転送するから、しっかり送り出せよ」

 一方的に切られて、ツーツーと電子音のような音だけが残った。黒電話に電子音。またまた不釣り合いな、とか思うのももうやめよう。
 彼はどうやら天使、らしい。いや、嘘だろうけど。あんな天使居てたまるものか。と言いたいが、この前暇つぶしにと言って来たけど、背中に羽が生えて、頭に輪っかが付いていた。くそう。理不尽だ。

 口にカップの口をつけていると、反対側にある椅子に人が一人居た。もう来たのかと、今回の展開は早い。転送ってそんなに早いのか。少しびっくりだ。

 青年(私と変わらないくらいなので、18そこらだろう)は、唖然として私と目の前にあったクッキーの缶を見ている。

「あ、食べていいですか?」

「どうぞ」

 青年は戸惑いながらも缶に手を伸ばし、硬い蓋を開けた。バニラの甘い香りがするが、そこまで酷く甘い香りではない。そんなところに惚れていつも注文しているのだけど。味もそんな香り通りで甘すぎず、味が無いわけでもなく。この紅茶にぴったりだと思っている。

「……おいしいですね、これ」

「私も気に行っている」

「どこで買える……って、俺もう死んでるんだっけ」

 青年は自虐的な笑いをして、クッキーをもう一つほほに詰め込んだ。こちらまで聞こえる砕かれる音。この様子、この落ち付き方。たぶん彼は。

「自殺、か」

「そうですよ。自分であの世界から消えました」

 目を会わせず、ムシャムシャと次々に胃に入れていく。私の分のクッキーはどうやらなくなってしまいそうだ。

「そういえばここってどこですか? 天国……? イメージと違うけど」

「まぁそうだな。ここは天国じゃないし。というかお前みたいなのが来てもどうしようもない場所だな」

「そりゃまぁ、随分な言い方ですねー」

 ここは鳥籠で、死者の乱れた心や傷ついた心を癒す場所であるから、自殺して彼のようにすっきりしている人間が来られるとどうも対処に困る。

「ここは鳥籠だ。天国へ行く前の休憩所ってところだな」

「へぇ……。世界にはそんなシステムがあったんだ。生前よりよっぽどいい世界だ」

「……。お前みたいなのが居るから困るんだ」

 私は頭を抱え、ため息を吐く。心を落ち着かせようとして紅茶を一口飲んだ。どうもこういうやつは厄介でしょうがないというものだ。
 自殺については別に否定はしない。そういうのが居ても居なくても、それが世界だからしょうがないし、どうしても起こってしまうことだろうから。
 ただ、死後も誰かに迷惑を掛けようとするのだけは止めてほしい。私が困る。

「後悔は」

「あひまへんよー(ムシャムシャ)。だって後悔なんてするほど良い人生じゃないから死んだんですからねー」

「それはおかしい。それならばここに居る必要はない。そしてここに来る理由が無い」

「と、言われましても。後悔してないものはしてないです。死んじゃったものは、しんじゃったんです。むしろすっきりしてるくらいですから」

 これもすべて嘘とは思えない。しかしながらここに来る理由は様々だが、生前に後悔が無ければこんなところに来るわけが無いのだから、きっと彼も何かしら悩みやら後悔があるに違いない。
 平然と保っているあの気質。私の気持ちを逆なでしていくので怒り……を通り越して呆れが襲う。

「あー。後悔、ねぇ」

 彼はもう無くなってしまって空っぽになった缶の中身を覗く。きっとそこにはもう何もないのに、彼はいつまでもその中身を覗くばかり。
 どうも私はそんな彼が苦手だった。
 それから彼への対処の仕方を、こういう奴は久しぶりだから戸惑っていた。
 そして彼も、寂しげな表情が一瞬だけ覗かせた。それを私は見そびれたりはしなかった。後悔という言葉は、きっと彼には生前には無かったのだろう。きっと、きっと、そんな暇もなかったんだろうな、なんてそう私は思うのだ。



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